青い猫に託した平和への想い。BlueCatが込めた自由の記憶
この世界に青い猫はいない。けれど、誰にも縛られずに旅をするその姿に、本橋さんは「平和であること」の象徴を重ねる。
彼が手がけるジュエリーには、戦争を生き抜いた父親の記憶と、自由に表現できる時代への願いが、一つひとつ丁寧に宿されていた。
青い猫が生まれた日
ジュエリーの世界に入って、もう50年になります。最初は桑沢デザイン研究所の学生時代。インテリアの先生が手がけるジュエリーブランドでのアルバイトがきっかけで、この仕事に惹かれました。当時は消費志向が多様化し始めた時代で「つくれば売れる」といわれたころ。アクリルのなかにダイヤを浮かせたデザインが1日に数百個も売れていく。その高揚感に満ちた雰囲気に包まれて、ものづくりの魅力に目覚めました。
卒業後はファンシーグッズのデザイナーとして働きましたが、3年くらいで物足りなくなって。やっぱりジュエリーの仕事がやりたくなり彫金教室へ通いました。その後所属したジュエリー工房で賞も受賞しましたが、もっと自由な表現がしたくて独立。当初は原型の仕事がメインでしたね。原型とは、デザイナーが描いたデザイン画をもとに立体原型を制作することです。
このとき、誰もが知っている有名ブランドの原型を数多く手がけました。年間400個〜500個はつくってたんじゃないかな。新宿伊勢丹の1階には、半分くらい僕がつくったやつが並んでいましたね。でも、この先も原型職人としてやっていくには、限界を感じていました。自分の作品も少しずつ制作していたのもあって、2004年に「BlueCat」(ブルーキャット)を立ち上げたんです。

青い猫って現実にはいないでしょう? 現実に縛られない、自由な存在の象徴が青い猫。僕はね、縛られるのが嫌なんです。お客さまにも「自由に好きなものを身につけたい」と思ってほしいから、この名前をブランド名にしました。
そうそう、このかわいい猫のロゴマークはね、友だちのイラストレーター・飯田淳さんが描いてくれたもの。猫も、BlueCatの文字も。彼とは若いときに一緒に勉強していたから仲良くてね。

存在しない青い猫というモチーフは、現実にとらわれない自由のシンボルだった。ジュエリーとして世に放たれた姿には、日常からの小さな逃避行も重ねられている。しかし本橋さんにとって、もっと深い意味があった。
語られざる「平和」の物語
一貫してあるのは「永遠」や「平和」といったテーマです。ブランド初期から、インフィニティやメビウスの輪のようなモチーフを多く使ってきました。大きく主張しているわけではないけど、そうした願いをいつも意識しています。
もともと僕の親父が沖縄戦の生き残りでね。彼から、とんでもない体験をたくさん聞きました。激しい戦闘で体に穴があくような大怪我を負い、しばらくは病院にいたそうです。やがて回復し、再び戦う意志を持って戦地に戻ったときには、すでに誰も残っていなかった。当時、小隊で生き延びたのは、親父ただ一人だったそうです。
僕自身がこの世に存在していること自体、奇跡なんじゃないかなと思うんです。
だから僕は、より平和を意識しているんです。戦争中なんて、ジュエリーなんか身につけられないでしょ? そういう時代ではない今、平和な日常が続くありがたさを噛みしめているんです。

遊び心のあるデザインっていうのはBlueCatのこだわりだし、僕の性格でもある(笑)。世の中にないものを生み出すのが基本的なスタンスですね。
猫、クローバー、馬蹄、ヤモリ。それぞれのモチーフに意味を込めていますが、根底にあるのはやっぱり、自由に表現できることへの感謝。気に入ったデザインを身につけて、満たされた日常を過ごしてもらえたら。それが平和の象徴としてのジュエリーだと、僕は思っています。

今まで表立って語られなかった「平和」への願いは、猫の自由な姿やなめらかなフォルムににじみ出ている。本橋さんが描く曲線は、平和への祈り。青い猫のしなやかさは、平和な時代に許された自由の象徴でもある。
手から生まれ、時を超えて受け継がれるもの
納得いくものをつくりたいんです。そのために、最終的には自分の手で仕上げます。図面通りにつくるだけでは決して出ない、指のなじみや感触があるから。微妙な段差や面のつながりって、手を動かしてこそはじめてわかる。そういう部分にこそ、作り手の感覚が表れると思っています。
アイデアは旅先で見た風景だったり、本で読んだことだったり。陶芸で学んだ技法がヒントになることも。工房の片隅には、まだ形になっていない試作品や図面がたくさんあって、ダイヤをあしらったヤモリのデザインや、屋久杉の縄文杉をモチーフにしたグラスもあるんですよ。

デザイン画は山ほどあるんです。まだつくっていないだけで(笑)。長くこの仕事をしていますが、やりたいことはまだまだ尽きません。
娘の友だちの話なんですが、30年前に僕のつくったリングをお母さんから譲り受けたそうで。それをとても気に入ってくれて、「もっと見たい」と親子で工房に来てくれました。そのときは本当にうれしかったですね。
自分がつくったものが、時を超えて愛されている。それだけで、続けてきた意味があるなと思えます。
「きれい」とか「かわいい」とか、見た目の評価だけじゃなくて、その人の人生の一部になるようなもの。長く手元に残してくれるのが、何よりも励みですね。
手間ひまかけてつくったジュエリーが、30年を経て親から子へと渡った。それは、平和な時代が続いてこそ成り立つ、かけがえのない行為。世代を超えて受け継がれるのは、単なる装飾品ではなく、平和への祈りそのものだ。
BlueCatのジュエリーには、かわいらしさや遊び心のなかに、静かな芯の強さが通っている。過去を知り、今を生き、未来を思う——そんな連なりのなかで、青い猫は今日もどこかを旅している。願わくば、それが平和な時代でありますように。